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2006.07.22

「軍都柏」のロケット戦闘機 秋水の地下燃料格納庫址など

1.ロケット戦闘機 秋水の地下燃料格納庫

柏は、現在は東京のベッドタウンとして発展し、商業地や住宅地が多く、かつて太平洋戦争の頃に様々な施設が建設された軍都であったことは、地元の人でなければ知らない人も多い。例えば、戦争中に開発されたロケット戦闘機 秋水の地下燃料格納庫の址も柏には現存する。

秋水は、ロケット戦闘機であり、昭和19年9月にドイツから図面を譲り受け、設計開発してわずか1年以内に飛行までこぎつけたものの、昭和20年(1945)に実際に飛行機が作られ、昭和20年7月に初飛行を飛行士(大尉)搭乗で行い、300m飛んで墜落したというもの。秋水は航続時間が短く、3分で1万mの高度にまで上昇し、急降下でB29など敵機を迎撃する、その次に上昇する高度は7千mとなり、また急降下で敵を狙える、そして一度攻撃すれば滑空により着陸するというという、まさに名刀で一撃必殺の期待をこめて作られようとしていた迎撃戦闘機であった。

<秋水の地下燃料貯蔵庫址~実際はこの上に土を覆う予定であった>

Shusui1_1

この開発には戦争末期の国家予算の7%がつぎ込まれ、また陸軍専用機でも海軍専用機でもなく、陸海軍の垣根を越えて開発されるという珍しい事例でもあったが、結局燃料生産がうまくいかず、また完成機も上述の状況となった。
そもそも、秋水のエンジンは、甲液(過酸化水素80%と安定剤の混合)、乙液(水化ヒドラジン、メタノール、水の混合溶液に微量の銅シアン化カリを添加)を反応させて推力を得るが、過酸化水素の扱いが難しかった。強い酸化作用で容器を溶かしてしまい、いくつかの試行ののち、たどりついたのが鉄分の少ない常滑焼の陶器であった。また、有機物が微量でも混ざると爆発するため、その取扱には注意を要した。そして、その危険な燃料の貯蔵庫が、陸軍柏飛行場(現柏の葉公園一帯)の東約2Kmの地域にいくつか作られたのである。

柏にはこの燃料貯蔵庫が作られたほか、秋水用の飛行場も建設されつつあった。それらが実現されれば、柏は戦争末期における日本の一大軍事拠点となった筈であるが、飛行場などの建設は未完に終わった。しかし、秋水の地下燃料貯蔵庫址は現存している。その地下燃料貯蔵庫は両端に出入口がある、ちょうど昔の黒電話の受話器のような形をしていて、中は中空になっており、出入口は台地端の斜面などにあり、小さなタンク車が中まで入ることができるような構造になっていた。この奇妙な形は、貯蔵時に出るガスを逃すように風通しを良くするためで、喚起孔もついている。

住宅地の片隅、台地の縁辺に残っている姿は異様だが、貴重な戦争遺跡である。なお、台地端にある燃料貯蔵庫址には、終戦直後引揚者など人が住んでいたとのこと。その後、農家の納屋などとして使用されたが、最近は子供が遊ぶと危険なため、入口や換気孔を塞がれている。終戦直後、この燃料貯蔵庫址の一つの貯蔵庫に何家族も住んでいた。近所の子供が、遊びに出入りしようとすると、怒られたという話も伝わっている。

<出入口からは小さなタンク車が出入りするようになっていた>
Shusui2

Shusui6胴体部分も結構長い
(10mくらいはあるか)

この貯蔵庫自体は国有地にあるようだが、すぐ近くは私有地になっており、奥までは立ち入りできない。

<秋水の地下燃料貯蔵庫址~台地端の斜面に開く出入口>

Shusui3

<秋水地下燃料貯蔵庫址~~下の写真は通気孔として突き出たヒューム管>

Shusui5_1台地の縁辺に出入口があり、台地上には通気孔としてヒューム管が斜めにつきだしている。
(左側は分かりにくいが階段の途中に、燃料庫の出入口のコンクリートが見える)

Shusui4

国家予算を投じて作られた秋水は、着手して1年足らずで5機が完成、昭和20年(1945)7月に前述のように海軍が横須賀で初飛行を行ったが、不時着大破し、陸軍も昭和20年(1945)8月20日に阿南惟幾陸軍大臣立会いのもと、お披露目飛行する予定であったが、その前に終戦、阿南陸軍大臣は割腹して自決し、お披露目飛行すらかなわなかった。

註:写真は筆者(すなわち森兵男)の親類(すなわち小生mori-chan)が地域の催しの際に写したもので、写っている人物は当ブログの内容とは関係ありません。

2.高射砲部隊関連

JR北柏駅を北上し、東へいくと布施弁天方面となる布施入口のバス停付近をしばらくそのまま行くと、富勢の大きな交差点に出る。その交差点を西側(柏方面)に進めば、高野台児童公園に出る。昭和12年(1937)高野台に駐屯した高射砲第二連隊が、翌昭和13年(1938)11月に元あった市川市国府台から当地へ移動し、飛行場の防空に当たった。隊は昭和16年(1941)に主力が東京へ移り、昭和18年(1943)に廃されるまで続いた。その後、東部十四部隊、東部八十三部隊が進駐した。高射砲部隊が置かれたのは、柏市根戸の市営住宅一帯で、あちこちに残骸ともいうべき遺物が残っている。しかし、8千メートルまでしか弾が飛ばない高射砲は、高度1万メートルを飛ぶB29にはとどかなかったという。現在、高射砲第二連隊の営門の門柱の一部が高野台児童公園に移築、保存されている。

<高射砲連隊の門跡>

Koushahoumon

なお、その高野台周辺には、陸軍の馬糧庫跡がほぼ完全な形で、現在柏市西部消防署根戸分署として使用されている。ほぼ六十年前の陸軍の施設ながら、一見すると戦後建てられた小さな消防署としか見えない。この馬糧庫の屋上には、荷物を吊り上げる滑車が附いていたと思われるクレーン状の支柱が残っている。

<馬糧庫跡>

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<屋上のクレーン状の支柱>

Baryoukosichu

3.柏飛行場

陸軍東部第百五部隊は、昭和13年(1938)に当地に開設された。その飛行場、すなわち柏飛行場は、首都防衛の飛行場として、松戸、成増、調布などと共に陸軍が設置した。柏飛行場には、第五、八十七、一、十八、七十の各飛行戦隊があって、昭和19年(1944)末から激しくなったB-29による空襲に対して、B-29を迎撃し首都防衛の任務にあたった。柏市はかつて「軍都柏」と呼ばれ、市内各所に軍事施設や軍需工場があったが、柏飛行場としては、1500mの滑走路と周辺設備を持っていて、太平洋戦争末期に開発されたロケット戦闘機「秋水」の飛行基地も、この柏飛行場が割り当てられた。現在、滑走路が柏の葉公園の脇を通る街路樹のある通りとなっているほか、何も残っていない。終戦間際の昭和20年(1945)頃になると、空襲に際して四方八方から戦闘機が迎撃に飛び立って行き、そのまま帰還しない機も少なくなかったという。この柏飛行場は、戦後米軍に接収され、朝鮮戦争時にはアンテナの立ち並ぶ通信基地として使用された。その後、昭和54年(1979)に日本に返還され、背丈ほどの雑草の生い茂る荒地となっていたのを、近年柏の葉キャンパスとして、国立がんセンター、科学警察研究所、財務省税関研修所、東葛テクノプラザ、東京大学、千葉大学といった官公庁、大学などの研究施設や柏の葉公園などとなった。柏の葉公園は、休みには周囲をジョギングしたり、散歩する市民の目立つ、周辺住民の憩いの場になっており、かつてここから多くの飛行機が飛び立ち、帰還しなかったことなど嘘のようである。

陸軍東部第百五部隊の営門は、現在の陸上自衛隊柏送信所の前の道路が、十余二の大通りと交差する駐在所横にあり、当時の位置のままである。コンクリート製で、今も門扉を取り付けた金具が残っている。

<陸軍柏飛行場の滑走路跡>

Hikoujyou

<東部第百五部隊の営門跡>

Hikoujyoumon1

(註)以上は、「千葉県の戦争遺跡」(森兵男)から転載(ただし、一部カット、あるいは加筆等して編集)。秋水関連の写真は、小生mori-chanが撮影しましたが、写っている人物は、地域のイベントの参加者であり、当ブログとは関係ありません。

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コメント

夜遅くに失礼致します。最近宿連寺に引越して来てこの周辺が軍都だった事を知って舞い上がっております。しかし残念な事が…高野台高射砲部隊近辺の馬糧庫が七月に取り壊されるとか。戦争遺跡は今後の世代に伝えるためにも残すべきだと思います。では、失礼致します。

投稿: 北柏の一等兵 | 2009.02.06 02:13

mori_chanこと森です。

小生の親戚のHP「千葉県の戦争遺跡」にコメントされた方ですね。小生柏には時々行きますし、特に北柏は松ヶ崎城がある関係で、駅の周辺はよく知っております。あのあたりですと、根戸の高射砲部隊跡と陸軍病院であった病院があります。
ほかにも、十余二にいろいろあります。よければ探索してみてください。しかし、唯一建物として残っていたものが取り壊されるなんて残念ですね。

投稿: mori_chan | 2009.02.15 16:52

森chan様。お返事ありがたくあります。自分は軍都に住む者として戦争の歴史や平和への願いを若い人達に伝えていこうと思っています。兵隊さんの実体験記から川又千秋さんの娯楽小説に至るまで幅広く読む者ですが普段寝起きしてるこの場所が軍都と言うリアリズムに勝つ物はありません!これからも頑張ります。ではお元気で。

投稿: 北柏の一等兵 | 2009.03.04 03:48

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