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2007.02.12

船橋市街地の寺社を訪ねて(船橋大神宮周辺から東へ)

船橋大神宮の付近にも、いくつかの寺社がある。今回は西福寺、了源寺、東光寺を紹介するが、ちょっとばかり場所が離れているので、地図を参照していただきたい。

そのうち、船橋大神宮の北側、東金御成街道の一部である、宮坂と呼ばれる近世に切り開かれた切通し道を上りきった辺りにある、真言宗の古刹、西福寺は、県内有数の古い石造物があることで有名である。それは、一つは律宗の僧の墓と思われる南北朝期の五輪塔は安山岩製で、全高295cm。県の有形文化財(建造物)に指定されており、優美な姿に特色がある。銘文は刻まれていないが、作風から南北朝期(もしくは鎌倉時代にさかのぼるか)のものと推定されている。もう一つの宝篋印塔は、安山岩製で、全高215cm、中世の宝篋印塔としては大型のものである。補修の跡が残るものの、原形をよくとどめていて、五輪塔と一括で県の有形文化財(建造物)に指定されている。これも無銘であるが、鎌倉時代末期作と推定されている。

<西福寺の五輪塔、宝篋印塔>

Funabashi90

これらは夏見入江に面した船橋御殿址、すなわち中世以来の船橋大神宮宮司の富氏の屋敷址に近い場所にあったと伝えられる。その辺りに安養寺があったらしい。安養寺ははじめ律宗であったが、その後「田舎天台」と俗称される天台宗の寺となり、いつごろか廃寺となった。西福寺にある五輪塔の大きさは、鎌倉などにある他の律宗系五輪塔と比べても遜色なく、千葉県内では大日寺の千葉氏のものと伝わる五輪塔とも同じくらいの大きさで、県内最大級である。

<千葉大日寺の千葉氏歴代の墓>

Chibarekidai

これは、船橋が、中世において湊を背景に流通、経済の拠点であったことを示している。ちなみに、御殿地そばの御蔵稲荷の近所からは、かつて渡来銭ばかりの埋蔵銭が見つかり、西福寺からも近い峰台の慈雲寺旧境内地からも埋蔵銭が出土したといい、商業活動に従事した者が隠したものか、興味をひかれるものがある。

西福寺は、市場方面の低地が見渡せる砂岩質の台地上にあるが、前述の五輪塔、宝篋印塔以外に、武者小路実篤の「椿の墓」の文字のある岸田劉生門下の洋画家椿貞雄の墓がある。

その西福寺から東へ街道を進めば、右側路地奥に浄土真宗の了源寺がある。かつてここで手習いなどが行われたようで、門を入った場所に歴代住職の筆子塚などがある。また、本堂横にある二階建ての建物者の下に亀の像がある。これは、当寺にまつわる亀の伝説に、基づいているものと思われる。

<了源寺の本堂~手前は百日紅で夏に撮影したもの>

Ryougenji

その伝説とは、「お経を聞く亀」の伝説であり、江戸時代のあるころ、この寺に宝海という僧がいた。宝海は幕府の要職にある人とも親交があり、他の寺にいたのだが、隠居して生家である了源寺に戻ってきたのであった。その宝海が存命の頃、毎日朝、夕きまって亀があらわれ、宝海の読経を聞いており、大層信心深い亀もいたものだと評判になった。しかし、宝海がなくなると、今まで毎日のように現れていた亀が、ぱったりと姿を見せなくなった。これを不憫に思った信徒たちは、「可愛そうに、あの亀は宝海さんがなくなったのが分かったと見える、どこへ行ったのか」と噂していたが、これを聞いた石工の名人才次郎良正が、石の亀を奉納したという。

<了源寺の亀の像>

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また、この了源寺には享保年間、幕府の大砲試射場がおかれた。それは鐘楼のある高台にあったもので、今は鐘楼堂が建っている(船橋市指定文化財)。この大砲では実際に、谷津、藤崎方面に向かって射撃が行われた。

<了源寺の鐘楼堂>

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射撃場が廃止された後、砲台の台座のあった場所に鐘楼堂が建てられた。その際、鐘は「時の鐘」として時を知らせることが幕府に公許され、その時間は和時計で正確にはかられた。この「時」の基準となった和時計と大田南畝(蜀山人)が船橋に宿泊した時に、この鐘の音を聞いて詠んだ、自筆の狂歌の掛け軸が、この了源寺に保存されている(船橋市指定文化財)。

煩悩の 眼をさます 時のかね きくやわたりに 船橋の寺  蜀山人

この了源寺から真直ぐ南西へ道沿いに行くと、東光寺の墓地に出る。東光寺は、千葉街道のほうに門があるが、その門を入ると脇に「奉納大乗妙典日本廻国千人供養塔」と刻まれた大きな石塔が建っている(文化5年(1822)建立)。本堂は、いまどきの寺の例によってコンクリート製の新しいものであるが、本堂横にいくつかの石仏がある。一つは大日如来像、その右に不動明王像(宝暦4年(1754))があるが、出羽三山の名前を刻んでおり、単に不動といってしまうのは出来ないかもしれない。

<東光寺>

Toukouji

<門脇の大きな石塔>

Toukoujikuyoutou

<本堂横の石仏>

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そのほかにも、大神宮側の出入り口の近くには、元禄2年(1689)のものを筆頭とした五基の庚申塔、十九夜塔、大日如来の念仏塔(元禄5年(1692))などがある。

とにかく、この東光寺はやたらに石仏の多い寺である。この東光寺は真言宗、前に紹介した西福寺の末寺である。東光寺の入口から200m進んだ左手に大日堂の跡地として、大日会館がある。会館内には、正徳元年(1711)造の大きな石造大日如来像念仏塔がある。

<東光寺の大神宮側の出入口近くの石仏>

Toukoujizou

さて、この宮本一帯は、古くは小池千軒という集落があり、船橋の東側の五日市といわれた地域に属した。ほかにも、戦国時代などの古い歴史といわれのある、寺社が当地には存在する。それについては、また次回。

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