手賀沼をめぐって
手賀沼は、たまに柏公園や道の駅しょうなん附近から眺める程度で、今まで手賀沼へ船で出たことはなかった。
蓮の群生地があることは知っていたが、蓮の近くに行ったこともなかった。
鳥の博物館があることや、水鳥が沼にかなりいることも知っていたが、間近で水鳥をみたこともなかった。
今日はそのいずれも実現でき、自分に写真の技術がもっとあれば、美しい写真が撮れただろうと思う。
<ボート乗り場の近くの蓮>
ボートの乗り場近くの蓮池に、ピンク色と白の蓮が咲いていた。 ピンク色のほうが、何となく昔から知っている蓮のような気がした。蓮の花の花弁が落ちたあとの種が残った蓮の実は、ジョウロのような形に見える。子供のころ、仏壇の飾りの金色の蓮の実の形が、何か工芸品だから角ばっていると誤解していたが、大人になって本当にそういう形をしていると知った。
歴史もそうであるけれど、世の中には未知のものがあふれている。
<蓮の群生地>
手賀沼は、干拓によって、今は相当小さくなっている。昔は、利根川の水が洪水で入りこんで、今より広かった沼がさらに数倍の大きさになったという。干拓は江戸時代から行われ、陸地になった部分は水田になった。何とか新田という地名が、手賀沼周辺に多いが、それはいずれも干拓できたものである。
<手賀沼に棲んでいるカワウ>
また、手賀沼にはいろいろな水鳥が棲んでいるが、特に今回目立ったのが、カワウ。これは、長良川の鵜飼のウがウミウでおとなしいのに対し、気が荒いところがあるそうだ。また船がスクリューをまわすことで、水に酸素が送られ、それで魚の餌になるプランクトンが船の周りにあつまり、それで魚が船の周りに集まってくるので、それを狙ってカワウが飛んできて、水面にダイビングする。
飛んでいるのに疲れたのか、杭にとまっていたりする。何羽も杭のある場所に群れて、とまっているのをみると、のどかな感じがする。良く見ると、カワウだけでなく、アオサギもいるし、ごく小さな水鳥が泳いでいたが、カイツブリか何かか。
<群れてとまっているカワウ>
旧沼南町の対岸の我孫子は、風光明媚で、大正時代から昭和初期のころ、多くの文化人の別荘があったという。教育者であった嘉納治五郎は、その魅力にひかれて定着したし、民芸の柳宗悦、白樺派の武者小路実篤や志賀直哉なども我孫子に集まってきた。
だから、今も我孫子には文化人の邸宅跡や資料館などがあり、また文化活動が活発なのだろう。
<河童の像>
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