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2013.04.24

ロケット戦闘機秋水搭乗員の聞き取り

先日、柏市内でロケット戦闘機秋水の予定搭乗員だった海軍312空のいわゆる秋水隊の方から、いろいろ聞き取りを行った。

秋水は太平洋戦争末期に日本の陸海軍が当時としては珍しく共同で開発したロケット戦闘機である。それはドイツのメッサーシュミットMe163の資料をもとにつくられたのだが、それは巌谷英一海軍技術中佐がドイツから持ち帰った数点の外形図面などわずかな資料であり、ほかの技術資料は運んだUボートが撃沈されたために日本に届かなかった。

突貫作業で開発されたわけであるが、その搭乗要員として海軍は第312航空隊(略して312空)に選抜された若い士官(いずれも専門学校以上の高学歴者)を配属した。今回木聞き取りした相手も、そのお一人である。「秋水」という名は「秋水一閃驕敵を斬る」、あるいは「秋水三尺露を払う」の二通りの由来があるようだが、どちらかは覚えていないが、命名者は岡野勝敏という師範学校出の当時少尉だった方であることは間違いないそうだ。

百里で訓練をしているときに、桜花の訓練をしている部隊も同地にいて、その隊長がこわい顔をした人で、風呂場であった時に「お前はどこのものだ」と聞かれ、「秋水です」と答えるとただ一言「そうか」と言ったそうである。

しかし、高度1万メートルにわずか3分半で到達し、秋水の刃を二閃ほどB29に浴びせる程度で滑空して戻らなくてはならない、その間約10分で液体燃料を2トンも使うとは、一体このロケット戦闘機を大量に製造、配備したところで、どれだけの効果があったのかは疑問である。桜花とは違い、特攻機ではないものの、空気抵抗を減らすために離陸するやいなや車輪をおとし、かえってくるときは胴体からソリを出して着陸するのだから、職人芸を要し、実機がもし大量生産されて飛んだとしても生還率は低かっただろう。ほぼ特攻機に近いような気がする。事実、秋水隊の仲間内では、B29の編隊のなかに入って三号爆弾を爆発させるような使われ方をするのではないかと言っていたそうである。

「平和の礎」というと、古くなった言葉のように思われるかもしれないが、戦争中は日本全体がおかしくなっていた。軍隊だけでなく、新聞も教育もすべてが戦争に動員され、あたら失われなくていい尊い多くの命が犠牲になった。戦時の経済は、極端に軍事力を高めるために民生を犠牲にしながら破綻した。それは日本人に限らず、朝鮮半島や大陸、東南アジアの多くの民衆もまた、そうした「国家総動員」の犠牲になったのである。 「平和の礎」を見つめることは、昨今やたら過去の亡霊のような軍国主義を賛美し、国民の生活を滅茶苦茶に破壊した戦犯までも美化する風潮に抗って、世のあり方をただすことになるだろう。

そういう記録を今ビデオの形にしている。聞き取り自体は1時間半ほどだったが、編集して重複した質問などをカットしてなんとか40分くらいにしている。しかし、映像以外に記録を文字に残すのは少し時間がかかりそうである。

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(写真は三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所にある秋水実機)

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