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2013.09.10

随縁

Satoclock

写真の時計は、岡山のある喫茶店にかけてあったもので、店主のお母さんの実家にあったものだそうだ。 

昭和初期のものだというが、”made in Japan”とあり、佐藤時計というメーカーのものであった。 実は自分の親の実家にも、こういう時計があった。 自分の親の実家の時計は、明治時代のものだったようだが、アメリカ製でもともとは女の子の絵が描いてあり、「メリーさん」の時計と呼んでいたらしい。 しかし、片田舎の小商人の家に、なぜ舶来の時計があったのか分からない。

Dondon

今思いもよらず、岡山の片田舎にいるが、旧道沿いの30分に1本のバスが一番身近な交通手段である。 倉敷や逆方向の大学までのバスの停留所の名前は、結構変わったものがある。 自分が住んでいる場所は、あまり変わった地名ではないが、近くに由来のよく分からない地名があり、調べてみれば面白いかもしれない。

思えば、もうじき離れるとはいえ今岡山県にいるのも、仕事の都合で、それは就職するときに鉄鋼の会社を選んだことに始まり、色んな経過でそうなったのである。 もし、全然違う会社に就職していたら、どういう人生だったのだろう。 会社ではなく、自営業か何かだったら。

学生の時、歴史研究のサークルに入っていたが、本来は美術部に入るつもりだった。 新入生へのクラブ紹介のときに、美術部の紹介の部屋に行ったが、まだ部員が来ておらず、既に準備の整っていた歴史サークルに入ってしまっただけである。 それが発端で、色々な先輩と知り合い、ゼミも政治史のゼミに入った。 大学院生に指導を乞い、学習会をしたりしたが、どういう訳かその縁が就職にも関係している。 自分のゼミではない、別の先輩の出身ゼミの同窓生が勧誘していた会社に入ったのである。 そのゼミは中世史のゼミで、自分も今は政治史ではなく、どちらかといえば中世史に興味がある。

Bikanchiku

そして、もし芸術に関わるような仕事をしたり、そういう関係の人と親しく交際していたら、自分の生活はもっと文化的な、芸術の香りのするようなものになったかもしれない。 実際には鉄鋼の会社に入り、学生の時には思いもよらなかったコンピュータ関係の仕事に就いた。 

しかし、平坦な道ばかりなら、人生は面白くないだろう。

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