Legend of Xanadu 木更津海軍航空隊の伝説 part.2
前回、巌根という駅から歩いて木更津海軍航空隊の戦争遺跡をめぐった。
今回、陸自木更津航空祭にあわせて、木更津を再訪することとしたが、ちょっと横着して木更津駅からタクシーで、陸上自衛隊の木更津駐屯地まで行こうと考えた。
相変わらず出足が遅く、10時過ぎに家を出て、千葉に着いたのが11時少し回ったころ。カメラのSDカードの残量が少ないことを知っていたが、家の近くで買っておけばよかったのに千葉駅で売っているとおもいこんでいた小生、千葉駅内のどこにも売ってそうにないことを現地で知り、やむなく木更津で買うことにした。
ところが、木更津駅西口から歩き、殆ど店が閉まっていることに驚いた。写真スタジオを見つけて聞くと、西口の店は大抵やっていない、SDカードは確実にあるのはヤマダ電機ということであったが、それは一体どこにあるのか。
前回時間がなく回れなかった、西口近くの光明寺で、切られ与三郎の墓に参ると、なぜか写真にはうっすらと影のようなものが。小生得意の心霊写真か。光の加減と思うことにしたい。
<切られ与三郎の墓>
そして、SDカードを買うため東口にまわると、駅から少し離れた場所にカメラ屋があり、ようやくSDカードを買うことができた。しかし、あたりは太鼓の音などしており、木更津航空祭のイベントを駅前でやっているかと思っていた。カメラ屋を出ると、法被などの衣装を着た人が集団でおり、木更津の何か祭をやっていると知った。
また昼過ぎだったので、近所の寿司屋で握りを食べた。あさりのお吸い物がうまい。人のよさそうなマスターで、甘酢のイカを一貫おまけしてもらった。店を出ると先ほどの衣装の軍団はさらに大勢になっていた。
歩行者天国になっている路上で、女性がダンスをしている。それを取り囲んで人垣ができていたが、図々しい小生は脇から撮影。隣に大きな望遠レンズを構えた人がいたが、お構いなしに写真を撮った。動きが激しいため、かなり難しい。連写で撮れば良かったが、そういう知恵はその場では出てこない。
<路上でのダンス>
木更津駅の東口からタクシーで、陸自木更津駐屯地の門前につける。タクシーの運転手さんの話では、西口から無料のバスが出ていたそうだ。小生、どうもそういうのは苦手で、会社のような集団生活でないときは、一人で勝手に行動することが多い。木更津駅から800円ほど、安いものである。
陸上自衛隊の門を招待客と同様に入ると、目の前に大きなヘリが展示されている。巨大な格納庫は、松戸駐屯地のものより大きく、これは戦後作られたものであろう。ここでも、やはり祭の音楽が聞こえるが、下志津の高射部隊の楽隊が演奏している。模擬店はあるが、松戸のほうが多いくらい。やはり、この航空祭の目玉は、ヘリへの試乗のようで、見れば順番待ちの行列が長くなっている。
小生の関心は、もっぱら旧軍遺構であるから、そちらのほうには向かわず、端の方にある大きな土手やコンクリートの建造物のほうに向かっていった。
<航空祭に展示されているヘリコプター>
<演奏で使用されていた格納庫>
端の方には車が止まっているため、その車を出しに来る人もおり、小生のように旧軍遺構が目当てでも、不自然ではない。さっそく、大きな土手が目に入るが、軍隊でこのような土手があるのは、火薬庫か何かであるが、これは一体なにか。コンクリートが中にあり、その上に覆土されている。また、周囲を赤レンガの壁で囲まれた、ボイラー室が残っているが、缶まであるとはすごい。
<レンガ壁で囲まれたボイラー室跡>
しばらく、北の海自のほうに向かって歩いていると、今度はなにやら壕のようなものが。近くに寄って見てみると、防空壕であった。防空壕もピンからキリまであるが、これは何人のものの人間が退避できるコンクリート製の壕で、覆土が残っている。陸軍の飛行場にも、こういう防空壕はあったのだろうが、こんなにしっかりと残っているものも珍しいだろう。
入口は斜めに地上に突き出て、人一人が出入りできるほどのスペースで、かつては扉も付いていたと思うが、爆風除けに手前にコンクリートの低い壁がある。また空気穴が筒状に天井から突き出している。中は横穴が掘られ、部屋が出来ている。
<防空壕>
資料室に行くと、陸攻のプロペラが珍しく感じた位で、他に武器や軍服、木更津出身の軍人の遺品などが展示されてあるものの、肝心の海軍航空隊の説明があまりなく、すぐに出てきてしまった。
帰りがけに、広い飛行場跡を見渡せば、遠く海の向こうに見えるのは自分の会社の溶鉱炉ではなく、S日鉄さんのものであった。その手前に小山のようにみえるのは、掩体壕。しかし、写真ではゴマの粒位にしか見えない。
<製鉄所をバックに見えるゴマ粒のような掩体壕>
海自の補給処には格納庫がいくつかあるが、小型な格納庫のいくつかは旧軍のものらしい。一番古そうな格納庫は、旧軍のものだろう。
白い境界標石があったが、旧軍のものだろうか。「海軍」ではなく、別の字が書いてあったので自衛隊になってからのものかもしれない。
<古い格納庫>
最後に、海上自衛隊の門を出るときに、門の内側にも錨が飾られているのに気付いた。
今回、陸上自衛隊から海上自衛隊まで敷地内を南北に歩いてみたが、肝心の掩体壕はきれいに写真を撮ることができなかった。近くの民有地から望遠で撮るしかなさそうである、
<海自の門のところに飾られている錨>
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


















































最近のコメント